宦官とは？その誕生から権力、終焉までを徹底解説｜中国史に残した影響

1 そもそも「宦官」とは？その驚くべき定義と、宦官制度が存在した理由
2 中国王朝における宦官の絶大な権力と実態
3 宦官制度は中国だけではなかった？世界と日本の比較
4 宦官制度の終焉：歴史の舞台から消えた理由
- 4.1 1923年7月16日：清朝最後の皇帝・溥儀による宦官追放
5 まとめ：宦官が歴史に遺した複雑な遺産
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そもそも「宦官」とは？その驚くべき定義と、宦官制度が存在した理由

宦官の基本的な役割：皇帝に仕える「去勢された男性」という定義

「宦官（かんがん）」について検索されたあなたは、おそらく歴史の授業や映画、ドラマなどで、その特異な存在について耳にしたことがあるかもしれません。

宦官とは、結論から申し上げますと、「皇帝や王族に仕えるために去勢された男性」を指します。

彼らの主な職場は、中国などの王朝における宮廷、特に皇帝の妻や妾（めかけ）たちが暮らす「後宮（こうきゅう）」と呼ばれる場所でした。後宮は、皇帝の血筋を残すための最重要エリアであり、そこは原則として皇帝以外の男性が立ち入ることを許されない「男子禁制」の空間です。

しかし、広大な後宮を維持・管理するためには、多くの労働力や事務能力が必要になります。そこで、性的能力を物理的に除去された男性、すなわち宦官が、その運営スタッフとして仕えることが認められたのです。

彼らは常に皇帝のすぐ側に仕える立場にあったため、単なる召使いにとどまらず、必然的に政治的な力を持つことも多かったのです。宦官の定義で最も重要なのは、単なる使用人ではなく、「去勢されている」という身体的な条件そのものでした。

なぜ宦官制度は生まれたのか？後宮の秩序維持という最大の目的

では、なぜわざわざ人間を去勢してまで、宦官という制度を生み出す必要があったのでしょうか。

その最大の理由は、皇帝の「血統の純粋性」を、いかなる疑いからも守るためでした。

古代の君主にとって、自分の後継者が「本当に自分の子供である」という事実は、王朝の正統性を担保する上で何よりも優先されるべき課題でした。皇帝が暮らす「後宮」は、時に「小都市並みの規模を持つ巨大な密室」とも表現されるほど広大で、そこには数百、時には数千人もの后妃（こうひ）が暮らしていました。

もし、この場所に性的能力を持つ通常の男性使用人が自由に出入りできるとしたら、どうなるでしょうか。皇帝の目が届かない場所で、后妃と使用人の間に不義密通が起こり、皇帝以外の男性の子供が生まれる「混乱」が発生するかもしれません。

そのような事態は、王朝の正統性を根底から揺るがす、国家最大の危機につながります。

宦官という制度は、この「性的混乱」のリスクを物理的に（去勢によって）ゼロにし、後宮の秩序を絶対的に維持するために生み出された、非常に合理的かつ残酷なシステムだったのです。

皇帝が宦官を信頼した理由：国家機密に触れる「究極の側近」

宦官は後宮の管理者であると同時に、皇帝が最も信頼する「側近」でもありました。

皇帝は、自らの権力を脅かす可能性がある官僚や将軍たち以上に、宦官を信頼するケースが少なくありませんでした。

その理由は、宦官が皇帝の私生活、健康状態、後宮での出来事といった、国家の最高機密に等しい情報に日々触れる立場にあったためです。皇帝の寝室にまで出入りできる彼らは、皇帝の最も「素」の姿を知る存在でした。

さらに重要な点として、宦官は（公式には）家族を持つことができません。自分の子供に権力や財産を継承させる（＝一族を繁栄させる、あるいは新王朝を築く）という野心を持ち得ない存在でした。彼らの出世や人生のすべては、ただ皇帝個人の寵愛（ちょうあい）にかかっています。

一方で、大臣や将軍は、自らの一族の利益のために、時には皇帝を裏切る動機を持ち得ます。

この「家族（子孫）を持たない」という構造的な理由から、宦官は皇帝にとって最も忠誠心が高い「究極の側近」とみなされ、政治の中枢に関わる重要な役職に登用されるケースも多かったのです。

中国王朝における宦官の絶大な権力と実態

清王朝の宦官：皇帝の夜を管理した「翻牌子（ほんはいし）」システムとは

中国の歴史において、宦官は時代ごとにその役割を変えていきますが、特に清王朝の宦官は、皇帝の「夜の生活」を厳格に管理する役割を担っていたことで知られています。

当時の後宮では、不測の事態（皇帝の寵愛を巡る女性同士の争いや、それに伴う混乱）を防ぐため、「翻牌子（ほんはいし）」と呼ばれる、非常に官僚的なシステムが採用されていました。

このシステムは、以下のような驚くべき手順で実行されます。

1. 選択昼間、皇帝が政務をとっている最中に、宦官が后妃たちの木の名札を載せたお盆を捧げ持ち、皇帝の前にひざまずきます。皇帝は、その夜に「呼ぶ」女性の名札を選び、それをひっくり返します。
2. 通達宦官は選ばれた女性の部屋へ行き、今夜お召しがあることを伝えます。
3. 運搬時間が来ると、選ばれた女性は、凶器の持参を防ぐために全裸となり、布団にくるまります。そして宦官は、その女性を布団ごと抱えあげ（小柄な女性は1人、大柄な女性は2人で運んだとされます）、皇帝の居室まで小走りで届けました。

この生々しい様子は、1985年に日本でも公開された中国・香港合作映画『西太后』の中でも、若き日の西太后がこの光景を複雑な思いで見つめるシーンとして描かれています。

このように、宦官は皇帝の最もプライベートな領域の「管理者」でした。どの女性の名札をお盆のどの位置に置くか、皇帝の機嫌をどううかがうか、といった「アクセス権」が、宦官たちの間接的な権力の源泉となっていたのです。ただし、清王朝は明王朝時代の宦官の権力増長を反省し、彼らの権力が国政全体を壟断（ろうだん）することはなかったとされています。

明王朝の宦官：7度の大航海を指揮した鄭和（ていわ）の知られざる功績

宦官が宮殿内の業務に限定されていたかというと、決してそうではありません。歴史には、その常識を覆すスケールの大きな宦官が存在しました。

その代表格が、明王朝の宦官、鄭和（ていわ）です。

鄭和は、皇帝の跡継ぎ争いである「靖難の変（せいなんのへん）」という内戦で軍功を挙げ、即位した永楽帝（えいらくてい）の絶大な信頼を勝ち取りました。その結果、彼は宦官の最高職である「太監（たいかん）」に任命されます。

永楽帝の命を受けた鄭和は、明の威光を世界に示すため、世界史に残る「大航海」の総指揮官に任命されます。永楽3年（1405年）から宣徳8年（1433年）までの28年間に、実に7回にわたり、インド洋からアラビア半島、さらにはアフリカ東海岸（現在のケニア）にまで至る大遠征を行ったのです。

驚くべきはその規模です。第一回の艦隊は、随行した兵士や役人などが2万7千人余り、船は62隻という、当時のヨーロッパのコロンブスやヴァスコ・ダ・ガマの艦隊とは比較にならないほどの巨大なものでした。

皇帝が、このような国家的な大事業の総指揮官に、伝統的な官僚や将軍ではなく、自らの側近である「宦官」を任命したという事実は、宦官がいかに皇帝個人のビジョンを実行する「直属の実行部隊」として信頼されていたかを示しています。

宦官が歴史を揺るがした影：漢や明の権力闘争

宦官は、皇帝の忠実な側近であると同時に、時に国家の命運を左右するほどの「影の権力者」と化す危険性を常にはらんでいました。

宦官の権力は、皇帝が幼い、あるいは政治に無関心な場合に最大化する傾向がありました。皇帝の側近として「耳」と「目」を支配し、皇帝や皇后を篭絡（ろうらく）することで、政治に深く介入したのです。

特に、漢、後漢、そして鄭和が活躍した明の時代には、強い実権を握る宦官たちが現れました。

彼らは、儒教の教養を身につけたエリート官僚たち（官僚派）と、激しい権力闘争を展開します。

官僚派（外廷）：「宦官どもは、教養もない卑しい身分でありながら皇帝を堕落させ、政治を私物化している」と批判します。
宦官（内廷）：「官僚どもは、徒党を組んで皇帝の権力を奪おうと企んでいる」と皇帝に讒言（ざんげん）します。

この「内廷（宦官）」と「外廷（官僚）」の制度化された対立は、皇帝の権力をむしろ強化する側面もありましたが、多くの場合、国力を疲弊させ、王朝が衰退・滅亡する大きな原因の一つとなったのです。

宦官制度は中国だけではなかった？世界と日本の比較

オスマン帝国トプカプ宮殿：「黒人宦官長」が握った権勢

これほど特異な宦官制度は、中国だけのものでしょうか。実は、地中海世界の覇者であったオスマン帝国にも、非常によく似た制度が存在しました。

オスマン帝国のスルタン（皇帝）が暮らしたイスタンブールのトプカプ宮殿には、スルタンに仕える宦官たちがおり、「白人宦官長」と「黒人宦官長」という役職がありました。

興味深いことに、より強大な権力を持っていたのは「黒人宦官長」でした。その理由は、白人宦官が宮殿の運営（官僚養成学校など）を担当したのに対し、黒人宦官はスルタンの「ハレム（後宮）」を管理していたためです。

黒人宦官長は、収入が多いだけでなく、スルタンへのアクセスが容易でした。さらに重要なことに、スルタンが最も愛した「寵姫（ちょうき）」と共にスルタンの前に現れることが可能でした。

オスマン帝国では、寵姫やスルタンの母（ヴァーリデ・スルタン）が政治に介入する「女人政治」の力が非常に強かったため、その女性たちへの「門番」であり、連絡役であった黒人宦官長が、絶大な権勢を握るに至ったのです。

これは、中国の事例と同様に、「皇帝（スルタン）への近さ」と「後宮の管理権」が、宦官の権力の源泉であったことを明確に示しています。

なぜ日本は宦官制度を導入しなかったのか？

これほどまでにアジアや地中海世界の王朝で普及した宦官制度を、日本は導入しませんでした。

これは、日本の歴史を考える上で非常に興味深い点です。なぜなら、奈良・平安時代の日本は、当時の先進国であった中国（唐）の政治体制（律令制）を手本とし、その文化を「貪婪（どんらん）に吸収」していたからです。

当時、中国はもちろん、朝鮮やベトナム（安南）にまで、この宦官制度は伝わっていました。政治システムや法律（律令）を熱心に真似た日本が、後宮システムの中核である宦官制度だけを明確に拒否したのは、なぜでしょうか。

ある研究によれば、この理由は両国の文化的な背景の違いにあるとされます。

中国（黄河流域）の王権：遊牧・牧畜民の習俗（家畜の去勢）を国家体制に組み込む文化的な土壌があった。
日本の古代王権：中国の長江流域の稲作農耕文化の影響を強く受けており、建国の精神を「稲作農耕と太陽信仰」に置いていた。

もし宦官制度を、ある種の「人間の家畜化」と捉えるならば、稲作を基盤とする日本の文化・倫理観には、権力維持のために人間を「去勢」するという発想そのものが、根本的に受け入れがたいものだったのかもしれません。また、日本の「後宮（大奥など）」の形態が、宦官を必要とするほどの規模や構造ではなかったという側面も考えられます。

【一覧表】王朝・地域別に見る宦官の役割と権力

これまで見てきたように、宦官のあり方は国や時代によって大きく異なります。皇帝の側近として権力を握った中国の宦官、ハレムの管理者として権勢をふるったオスマン帝国の宦官、そしてその制度自体を採用しなかった日本。

これらの違いを理解するために、主要な王朝・地域別の特徴を一覧表にまとめます。

国/王朝	主な役割	権力の特徴	著名な人物 / 制度
中国 (明)	皇帝側近、軍事、外交、探検	時に皇帝を凌駕するほどの絶大な権力を握り、官僚と激しく対立した。	鄭和、劉瑾
中国 (清)	後宮（こうきゅう）管理	政治的な権力は意図的に限定された。明王朝の反省が見られる。	翻牌子（ほんはいし）システム
オスマン帝国	ハレム（後宮）管理	黒人宦官長が、スルタンの寵姫と結びつき強大な権力を持った。	トプカプ宮殿の黒人宦官長
日本	存在せず	–	律令制導入時も、文化的・倫理的な理由から採用しなかった。